会長対談 100年に一度の大変革を飛躍のチャンスに 首都大学東京 大学院 経営学研究科経営学専攻 教授 松田 千恵子×取締役会長 西村 義明

ステークホルダーとの対話
株主・投資家、お客様、取引先、従業員、地域社会、地球環境

※ 本対談は、住友理工「統合報告書2018」に掲載されたものです。
※ 肩書きはいずれも当時。

「企業価値」と「公益価値」をつなげ、新たな社会的価値の創造へ

環境規制の強化に加えて、安全や快適性への関心の高まりもあり、自動車の電動化や自動運転などの技術革新が急加速しています。当社グループは、この事業環境の変化を「100年に一度の大変革」ととらえ、事業規模の拡大とSDGsなどに代表される社会課題の解決を同時に進めるため、中期経営ビジョンを抜本的に見直しました。その2022Vに込めた思いを語ります。

2020Vから2022Vへなぜ見直しは必要だったのか

松田2020年に向けた中期経営ビジョン(2020V)を見直し、新たに「2022年 住友理工グループ Vision(2022V)」を立ち上げたばかりと聞きました。

西村私たちを取り巻く事業環境は、この1~2年で大きく変わりました。2020Vは2016年に公表したものですが、当時はトランプ米国大統領の就任前ですし、英国のEU離脱もありませんでした。もう1つは、当社が主力としている自動車部品事業で、自動車のEV化が急速に進みつつあるということです。そうした大きなうねりを受けて、今後のグローバル事業に立ち向かうには、中期経営ビジョンの抜本的な見直しが必要だと考えました。

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松田自動車をめぐる動きはグローバルな流れで、メガトレンドとも言えるでしょう。

西村私たちが製造する防振ゴム、ホース、内装品、制遮音品などの多くが自動車会社に納められています。これまでは自動車会社の動きに合わせて、一緒に開発をしていくというスタンスでしたが、自動車のEV化でエンジン対応だった防振ゴムがモーター対応に変わったり、制遮音品も電気自動車対応が必要になるはずです。これからの10年で自動車の全てが電気自動車になるわけではありませんが、自動車会社のライバルとしてGoogleやFacebookなどITの巨人が登場するという予測もあります。

松田自動車会社に部品を供給するサプライヤーとの関係も大きく変わる可能性がありますね。

西村当社グループは世界の自動車会社の多くと取引があります。グローバルに事業展開する自動車会社の多くは、優れた技術に対する評価もオープンで、A社と一緒に磨いた技術であっても、B社やC社にも販売してよいというオープンなスタンスです。

松田日本では長らく自前主義が幅を利かせてきました。しかし、世界と競う自動車産業では、部品メーカーともコラボレーションしたい、新しい提案を発信してほしいという姿勢に変わってきました。部品メーカーも受け身でいては置いてきぼりを食う危機感が広がっています。住友理工では、自動車のトレンドの変化をどのように読み、どのように対応されようとしていますか。

自動車部品メーカーからグローバル・システムサプライヤーへ

西村CASEという言葉で表現しています。Cはコネクティッド(Connected)。自動車が通信機器の役割を担うようになり、IT産業が自動車生産の主役になるという見方もあるぐらいです。Aは自動運転(Autonomous)。こちらもIT企業が野心的な開発目標をリードする可能性があります。Sは共有(Sharing)。自動車を個人の所有物とするのではなく、機能を利用するというもの。生産台数が減る可能性がある代わりに、耐久性・信頼性・価格が新たな価値を持つかもしれません。Eは電動化(Electrification)。環境規制対策の切り札として新興国を中心に国策として進められる可能性があります。現に中国はその方向です。

松田部品メーカーも、自動車会社だけでなく、その先の消費者をより強く意識しなければならないというわけですね。自動車というのは規模追求でメリットが生まれる産業だけに、部品のメーカーもある程度の規模がないと埋もれてしまう可能性があります。

西村自動車会社は、高い品質の部品を、世界規模で供給できるパートナーを探しています。世界のトップシェアグループの一翼を担う当社グループには、システムサプライヤーという新しい姿が見えています。

社会課題の解決を、次なる事業の柱に位置づける

松田2022Vのその先には2029年の創立100周年があります。売上1兆円という大きな目標が待ち受けているわけですが、通過点である2022Vでその基盤をしっかりつくる必要がありますね。

西村世界で存在意義を知らしめるには、ある程度の規模が必要です。現在、当社グループは世界23か国に106拠点を有していますが、私の中では売上規模で5,000億円くらいないと世界と伍して戦えないと思っています。ところが自動車部品だけではなかなかそこに届きません。

松田新事業・新規事業も育てる必要があるというわけですね。

西村ええ、2020Vでも自動車以外に、インフラ、住環境・健康介護、エレクトロニクスなどに着手してきました。たとえばインフラには建設機械に使われる油圧ホースがありますし、鉄道の防振ゴムもあります。防振ゴムは新幹線の乗り心地を保証しているわけです。住環境・健康介護では、制震ダンパーがあります。2016年の熊本地震では、当社のダンパーを採用した家は、倒壊はもちろん、大きな破損もなかったと聞いています。

松田とても素晴らしいお話です。

西村あとは健康介護でスマートラバーがあります。ゴムを使った柔軟なセンサーです。体圧を検知してその圧を分散する「体圧ブンさん」というマットレスは、床ずれを防止します。リフレシャインは飛散防止に加え遮熱・断熱機能を持つフィルムで、夏は外の暑さを跳ね返し、冬は室内の熱を外に逃がしません。エレクトロニクスには複写機のトナーカートリッジもあります。こうした製品を通して「企業価値」を増やしつつ、国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)などに代表される社会課題を、技術革新を通じて解決するという「公益価値」※1も増やせるのではないかと考えています。

松田「公益価値」というのは新しい言葉ですね。

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西村先生の著書に「企業は企業価値の向上だけを至上命題としているわけではない。企業を起こすに至った根源的な存在意義、未来永劫追求すべき目標があるはずで、これが『企業理念の追求』だ」という主旨があります。そして「企業価値の向上」を「左脳的なプラットフォーム」と呼び、「企業理念の追求」を「右脳的なプラットフォーム」と呼んでいます。この「右脳的プラットフォーム」に匹敵するような言葉が見つからないかと考え、「公益価値」という言葉にたどり着きました。

松田独自のネーミングですが、とても良いと思いました。

西村ご承知のようにSDGsは、地球が抱える課題を17の目標、169のターゲットに設定し、私たちが取り組むべき社会課題のほとんどが盛り込まれています。こうした課題の解決に最新の技術を用いることで、社会のインフラ投資、環境・エネルギー問題、高齢化と予防医療などの分野でもっと貢献できると考えました。

※1 公益価値:
住友理工が独自に位置づけた目標。社会問題の解決・雇用などの活動を通じた社会貢献・地域貢献を含む。具体的には環境技術強化、環境対応製品開発、労働災害ゼロ、新興国での事業拡大を目指す。

住友事業精神とSDGs

松田素晴らしいですね。ところで目指すべき企業像といった場合、貴社には、住友事業精神もありますが……。

西村グループの土台には住友事業精神があり、それをベースに事業運営を行っています。ただ、「信用確実」※2「不趨浮利」※3だけでカバーできない部分もあるので「公益価値」という言葉をつくりました。よくよく考えれば住友事業精神とSDGsの根は一緒ではないかと……。住友の2代目総理事に伊庭 貞剛(いば ていごう)という近代住友の基礎を築いた人物がいます。彼が別子銅山の支配人だった頃、長年にわたる開発ではげ山になった山に毎年100万本の植林をしています。先人たちは事業と社会的責任をしっかり自覚していました。

松田住友事業精神は普遍的に大事にしなければいけないものを含んでいます。経済的価値の大切さに触れると同時に、目先の利益、道義に反する不当な利益を戒めています。ただ、若者や海外の方に伝えるには、ひと工夫が必要かもしれません。

西村漢字の「信用確実」「不趨浮利」だとその奥深い意味が伝わりにくいかもしれません。そこでSDGsなどとも関連づけて「公益価値」という概念もつくり、説明するようにしています。

松田先人の英知を現代に生きる私たちにどう橋渡しするかですね。

※2 信用確実:
住友事業精神の営業の要旨の第一条「我が住友の営業は、信用を重んじ確実を旨とし、以てその鞏固隆盛を期すべし」を要約したもの。事業において「何よりも信用を重んじる」ことを謳っている。
※3 不趨浮利(ふすうふり):
住友事業精神の営業の要旨の第二条「我が住友の営業は、時勢の変遷、理財の得失を計り、弛張興廃することあるべしと雖も、苟も浮利に趨り、軽進すべからず」とあります。常に公共の利益との一致を求め、一時的な目先の利益あるいは安易な利益追求を戒めている。

グローバル企業にふさわしい企業統治を

松田この1年の業績を拝見すると売上は順調に伸びていますが、利益がついてきていないという印象もあります。

西村世界で戦うには、ある程度の事業規模がないと戦えません。トランプ大統領の発言に代表される自国第一主義がはびこる最近の風潮からすれば、世界で“地産地消”の生産拠点を増やす必要もあります。その結果、日系企業だけでなく、海外企業からも数多く受注するようになりました。ただ、そうした取り組みで売上は増えるのですが、生産が軌道に乗るまでに時間が掛かったり、新しい工場を立ち上げるのにコストが嵩んだりして、期待通りの利益が出ていません。

松田M&A(企業買収)もかなり積極的にされていますね。

西村2013年に、海外4社のM&Aを実施しました。2017年度はその4社合計でようやく黒字転換しましたが、それまでは赤字でした。

松田経済産業省などの調査によれば、海外M&Aを複数回実施している企業は東証一部上場企業の2割弱に過ぎません。毎日どこかでM&Aをしている印象ですが、それほど少ないのです。また、海外M&Aが成功したと考えている企業は最近少し増えましたが、それでも3割程度です。貴社は貴重な経験を積まれていることになります。

西村足元だけを見て、思い通りの成果が出ないとすぐに売ってしまう会社もあります。しかし、我々は長期で事業を見ているので、資金も入れ、人も入れて、ようやくという感じです。

松田グローバル体制が強化されてこそ、2029年の100周年で1兆円という売上目標が可能になります。

西村1兆円と言い出したのは、リーマンショックで落ち込んだあとです。東日本大震災でさらに落ち込んでから、何か明るい目標をということで、会社の将来を考えようと若手クラスとの合宿を行いました。そこで出てきたのが1兆円という目標です。当時は約2,300億円の売上しかありませんでした。

松田売上や利益以外で、大切にしている外部公表値はありますか。

西村世の中の流れにそってROE(親会社所有者帰属持分利益率)は大事にしたいと思っています。2022Vでは営業利益率5%、ROA(総資産営業利益率)6%、ROE7%を目標としています。

松田ROEはもう一声ほしいところですが。

西村そうですね。伊藤レポート※4で、企業は8%を上回るROEを目指すべきとされてから、8%が世の中の目標になっています。しかし、最近は一時期ほど言わなくなりましたね。

松田鋭いご指摘です。伊藤レポートが出た当時は「資本効率」に目を向けていない企業があまりに多かったので、分かりやすい指標として挙げられたのでしょう。しかし、表面的なROE改善ばかりが目的化し、本来の「資本効率」という問題には相変わらず目を向けていないと考えられたのか、最新のコーポレート・ガバナンス・コードの改訂※5では「資本コスト」が入ってきました。

西村資本コストのみに注目されると、当社の「新事業・新規顧客創出」の多くはやめざるを得なくなる可能性があります。短期的でなく、長期で事業を育てる視点が必要です。

松田確かに10~20年単位で育てなければいけない事業もあると思います。一方で、そうした事業を含めて有効な事業ポートフォリオを構築していること、および各事業や製品の間には1+1は3になるようなシナジーが生み出されていることは投資家にとっては多角化企業に対してぜひとも聞きたいことです。有効な事業ポートフォリオを作るためには、投資の実行や撤退の判断も必要になってきます。

西村効率性の視点のみでその判断をするのは危険です。私たちは企業の永続性を考えています。住友の事業精神もこれを伝えています。2022Vをベースにグローバルに伍して戦える経営基盤を整備していかなければ、2029年の1兆円達成はありえません。そのためにも「新事業・新規顧客創出」「モノづくり革新」「グローバル経営基盤強化」の3つの経営戦略はなんとしても成し遂げなければならないのです。

松田株主価値という視点をどのように見ていますか。

西村株価を上げることだけでなく、長期安定的な配当による株主還元を重視しています。わが国の超高齢社会を考えると、高齢者が株式の短期売買で暮らしていけるわけではありませんから、安定株主の皆様に配当で報いる仕組みづくりが大切だと考えています。

松田堅実な考え方だと思います。過度に短期的な株価の上昇を追うと、それだけ下落するリスクも抱えることになります。きちんとした業績を出し続けることで本来の企業価値は中長期的に上がっていくことになり、公正な株価形成にも影響するでしょう。

西村企業を評価する「物差し」は、株価や時価総額だけではありません。社会の「持続可能性」というもう少し長いスパンの評価にも耐える必要があります。前者を「企業価値」と呼ぶなら、後者は「公益価値」でしょうか。そのバランスの上に、将来像を描けたらと思います。本日はありがとうございました。

※4 伊藤レポート:
一橋大学の伊藤邦雄教授を座長とする経済産業省のプロジェクトでまとめられ、2014年8月に発表された。企業と投資家を対立的にとらえるのではなく、「協創(協調)」の関係の中から持続的な成長を導くための指針で、「日本型ROE(自己資本利益率)経営」の浸透を目指すとされる。イノベーションによる長期的な視野に立った経営を促すものであり、非財務情報を重視している。
※5 コーポレート・ガバナンス・コードの改訂:
上場企業が守るべき行動規範を示した企業統治の指針。2018年6月に改訂された。今回の改訂では、(1)政策保有株式の説明強化、(2)アセットオーナーの機能強化、(3)取締役会の実効性強化、(4)経営戦略の説明強化などが盛り込まれている。
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