- ステークホルダーとの対話
- 株主・投資家、お客様、取引先、従業員、地域社会、地球環境
※ 本対談は、住友理工「統合報告書2016」に掲載されたものです。
※ 肩書きはいずれも当時。
西村これまでの統合報告書の第三者意見において、河口さんには、現在の企業経営ではESG※1がますます重要になるという示唆に富むアドバイスをいただいています。その統合報告書も本号で3号を数えました。
当社は2020年に向けた新経営ビジョン「2020年 住友理工グループVision」(以下、2020V)の策定を行い、そのなかで非財務KPI※2を発表しています。さらに、2029年に迎える創立100周年における企業の「ありたい姿」などの検討を行ってきました。具体的な姿はどういうものかというと、“Global Excellent Manufacturing Company”として「人・社会・地球の安全・安心・快適に貢献する」企業というものです。それがCO2や廃棄物、水、労働災害度数率といった非財務KPIとどのように結びつくのか、その検討を進めるなかで「ありたい姿」と非財務KPIが同じ過程で議論が進められたと自負しています。
経営層は2020Vを策定するにあたって4回合宿し、一緒になって考えてきたという経緯があります。非財務KPIをつくる過程と2020Vをつくる過程が有機的に結びついて、いい形でできたのではと思っています。
河口経営層といっても普段はそれぞれの業務に追われており、社会的な課題や将来ビジョンに関する意識はかなりバラバラのはず。だからこそ合宿で意識の共有化を図ろうとされたわけですね。
西村当社はモノづくりでがんばってきた会社だけに、環境、社会、ガバナンスなどの分野に馴染みがない者もいて、その重要性についての認識はまだまだ不足しています。業績数値目標の達成に向けて各自が担当する事業部の責任だけを考えればよいくらいの意識だったと思います。
河口企業風土を、企業と社会の持続可能性を重視するサステナブルな方向に変えるのは大変なエネルギーがいります。例えば、水資源、きれいな空気や安全に使える電気、基本的人権の遵守などは日本では当たり前のことで、社会をサステナブルにするためにそれらに投資するのは「単なるコスト増」と考えられがちですが、海外では、こうした配慮の有無が、事業リスクあるいはビジネスチャンスになると認識されてきています。
西村中国などの新興国でもCO2やVOC(大気汚染の原因となる有機化合物)などの規制が次々と打ち出されています。法令遵守の観点からこれを守るという側面は当然ですが、当社グループが目指す“Global Excellent Manufacturing Company”では「人・社会・地球の安全・安心・快適に貢献する企業」でありたいという目標に沿って、それをやろうとしています。単に規制があるから守るのではなく、企業が目指す姿だから守る、この違いの認識が大切です。
河口投資家の視点はこの数年で急速に変わってきました。特に今投資家の間で話題になっていることは世界最大の年金基金と言われる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、運用委託機関を通じて日本版スチュワードシップ・コード※3およびPRI※4に基づいて企業と接し、企業評価にESGなど非財務情報の視点を取り入れ始め、多くの運用会社でもESG評価を手掛け始めたことです。
西村機関投資家のESGへの理解の深まりとともに、ESG投資への動きは着実に加速しているようですね。世界的なトレンドはいかがでしょうか。
河口実は2014年の段階で世界のESG投資市場は21.3兆ドル、2,560兆円にものぼるという統計があります。欧州では運用資産の6割でESG評価が行われていると言われます。そうした中で2015年、世界の今後のビジネスのあり方を占う上で、大変重要な2つの決定がありました。1つは持続可能な開発目標(SDGs※5)を実現するために17項目の具体的な行動目標や削減目標を設定したこと。もう1つはパリで開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で産業革命前からの地球の温度上昇を2℃以内に抑えるという合意がなされました。
西村SDGsには17のアイコンがありますが、具体的でわかりやすいものだと思いました。COP21の合意も地球全体を考えれば待ったなしの決定です。
河口おっしゃるとおり、すでに企業のビジョンづくりの動きのなかにも、SDGsやCOP21に沿った独自性を生かした目標づくりが始まっています。
西村当社が進めている非財務KPIは、当初はGRIのガイドラインを参考に113項目から議論を重ねて26項目の原案を作成し、そのうちの最重要項目を2020Vに組み込みました。この非財務KPIとその目指すべき姿に、SDGsも合致するのではないかと考えています。
河口まとめるのはさぞ一苦労だったでしょう。社内にもさまざまな声がありますから……。
西村非財務KPIを含め、経営課題を掘り下げ、絞り込むために合宿をしたわけですが、ここでの議論が個々の理解を深める学習の場にもなりました。
河口非財務目標も数値化したり、SDGsとの関係をわかるようにしたり、財務に貢献しているストーリーができれば、それは投資家やその他のステークホルダーに通じると思うのです。単に新製品ということではなく、それによってCO2がどのくらい減るとか、材料の使用量が減るなど、具体的に数値化することが重要です。しかし、こうした情報提供は競合他社が先にそれをしてしまうと、追随するしかなくなります。一方で、日本でもGPIFがきっかけとなり、ESGの視点を持った投資家はこの4月以降急激に増えており、企業評価にそれをいかに生かすべきかと真剣に取り組み始めました。当社にも各国の環境政策について1から勉強したいという依頼がありました。その代わりCOP21とSDGsに対して企業の戦略がどうか、を最初のチェックポイントとすると良いのではというアドバイスをしました。
河口非財務KPIの原案26項目を拝見すると、たとえば「女性の管理職比率(部長)を高める」といった目標があります。こうしたテーマでは、社内の中間層へ浸透させるにはエネルギーが必要でしょう。最近では、人種・国籍・性別・年齢の異なる多様な人材の活躍環境を整備するダイバーシティが盛んに言われ始めています。ただし、経営トップがその重要性を理解して進める一方で、中間管理職層の意識改革は難しく、現場では直属の上司の理解がなく女性への偏見が残っているというような話は聞きます。
西村確かに非財務KPIの個別の項目の意義を、中間層を含む従業員にどこまで認識してもらい、実行してもらえるかが今後の大きな課題です。
河口「人」と「組織」のあり方を研究するある専門家に聞いた話ですが、社内の研修は通常選ばれた優秀な人たち向けと思われがちですが、そこで選ばれない層に積極的に行うと、彼らのモチベーションがすごく上がり効果が大きいとのことです。企業の期待を伝えることが重要です。
西村当社でも将来に備えて経営塾をやっていますが、これは基本的に中堅幹部全員が対象で、一部の限られた人たちだけということではありません。また、統合報告や非財務KPIの研修などは基本的に全員を対象にすることで進めています。
河口大和証券では事業会社のお客様向けに外部の講師を呼んで講演会を行っています。この間、資生堂の元・代表取締役副社長の岩田喜美枝さんを呼んで、「女性の活躍」について話していただきました。通常彼女の話は人事担当役員向けと思われがちですが、今回はお付き合いのある財務部の役員クラスの方々が多く参加され、非常に参考になったとか、一部の方は耳の痛い話だが貴重な話だったと評価してくださいました。
西村当社でも、労務管理の専門家の話を管理職の皆さんにしてもらっています。人事以外の人間にも聞いてほしかったのです。人事に関することはすべての従業員が関わりを持っていますから。
河口ただ、CSRやESGは、一般の従業員には良いことだけど本業とは関係ない「お飾り程度のもの」という認識しかされていないのが実情です。一人ひとりの仕事と絡めて理解を浸透させることができればといつも思います。技術のレベルを誇る多くの日本メーカーでは、「良いもの」をつくりさえすれば売れるという発想が見受けられますが、「よい」というのは何が「よい」のかという点が重要です。お客様というステークホルダーには良いとしても、そのために環境を汚したり、児童労働していてはアウトです。昔なら、お客様から「よい」と評価されるだけでよかったわけですが、今はそのためにほかのステークホルダーを踏みつけるようなことが許されなくなっているのです。
現在では、お客様や株主という経済的なステークホルダーに配慮するだけでなく、環境や労働者や途上国の人権にも配慮した製品づくりでなければならないのです。言い換えると製品をつくるプロセスそのもののあり方も問われているのです。
西村よい製品もお客様のニーズ・ウォンツに合致しなければ売れませんし、お客様のみでなく、社会のニーズ・ウォンツにも応えていかなくてはなりません。そのような成長シナリオを描いていきたいと考えています。どこまでステークホルダーを理解してモノづくりを行っているかが試されているのです。
河口そのうえで、モノづくり自体に社会や環境へのソリューションを組み込むことも重要です。例えば先日、ある大手の情報通信企業が投資家を呼んでESGミーティングを行いました。室温48℃で稼働するサーバーを開発したこと、この10年間で製品のCO2排出量を97%減らしたことなどをアピールしていました。大変な努力です。
西村当社のサーバールームは確か25℃のはず。人間よりも快適な温度設定でないとコンピュータは正常に機能しないわけです(笑)。当社グループにも楽しみな技術があります。たとえば機能性ゴム「スマートラバー」は、床ずれ防止アクティブマットレスやCRP訓練センサー(「しんのすけくん」、ホームページ参照)などのほか、いま自動車会社が進める自動運転のセンサーとしても期待されています。また、「リフレシャイン™」は、窓に貼るだけで断熱が可能であり、CO2の削減に役立ちます。
2020Vにおける事業戦略では「環境技術強化」を掲げ、当社の技術を使って環境関連製品を出していくことも力を入れます。おおげさかもしれませんが地球のための戦略でもあります。そのためにこれからも製品開発に努め、サステナブルな社会の実現に貢献し、企業発展の礎にしていきます。
河口大変重要な観点だと思います。そうしたビジョンが成果につながると従業員の皆さんのモチベーションも高まることでしょう。中間層や現場の研修では、管理や規則の話ばかりになる傾向があります。書類が増え、やらされ感も増してきます。やはり成功事例を加えた研修などがもっとあるといいですね。
西村失敗の事例はたくさんあるのですが(笑)。当社の売上で圧倒的な比率を占める自動車関連でいうと、今度、中国の非日系企業から初めて受注が決まり、社長大賞に選びました。
河口そういう成功事例のなかにESG的な要素で評価できるものが入ってくると、ESGのビジネス上の重要性に気付く人が増えて職場が活気づくと同時に外部の評価も高まります。
西村確かにそうですね。新しい発想の製品が開発されたとか、モノづくりの工程でCO2や水の削減が進んだとか、あるいはお客様からほめられたとか……そんな話が増えれば、2020Vは必ず成功します。時間はかかるかもしれませんが、そうした風土を作っていきたいと思います。
河口今回、合宿で得られた非財務KPIへの参加者の気付きがまず何よりの財産だと思います。そうしたことの積み重ねが、企業風土にもいい影響を与えることでしょう。今後は「ありたい姿」との関わりや、どれくらいの財務インパクトがあるのかなど、「見える化」を行っていけると良いかと思います。
まずトップが率先垂範で取り組みを始められたのは素晴らしいことなので、これからは、中間層の方々の現場力を発揮していただくことが今後のサステナブルな成長につながるのではないでしょうか。
西村河口さんとは、話をする度に我々の方向性が明確になり有り難い限りです。今後とも是非ともよろしくお願いいたします。